財務諸表監査について考える(その8)

監査人に必要な二つの「ソウゾウリョク」

 監査人は、会計および監査の専門的知識を有し、独立性、職業的懐疑心を含む正当な注意、守秘義務等の監査人の資質を保持すべきことは当然のことです。監査人が的確に監査を実施するためには、これらの専門的知識や資質のみでなく、二つの「ソウゾウリョク」−想像力(imagination)と創造力(creativity)−を有していることが必要と考えます。

 今回は、監査人が有していなければならない二つの「ソウゾウリョク」について、私見を吐露します

監査人に必要な想像力

 想像(imagination)は、知覚していないモノ・コトを心に浮かべること、あるいは経験していないモノ・コトをおしはかることです。

 モノ・コトをおしはかる(推し測る、推し量る)ことは、既知のモノ・コトをもとにして未知のモノ・コトについて見当をつけることです。推測(推し測る)は、あるモノ・コトをもとに推量することです。もう一方の推量(推し量る)はモノ・コトの状態や程度あるいは人の心中をおしはかることです。このように、想像、推測および推量は同義と解します。

 これらに関連する言葉として監査には「推定」や「予測」があります。推定はある事実を手掛かりにしておしはかって決めることです。その典型例は、監査サンプリングにおいてサンプルの検証結果から母集団の結論を導き出すことです。予測はモノ・コトの成り行きや結果を前もっておしはかることです。監査では、会計上の見積りや業績予想などに関連して用いられています。このように監査において想像という言葉は用いられておらず、ある監査の局面に関連して推定、予測などが用いられているだけです。

 これに対して私見では、詳細は監査証拠を考える際に述べますが、監査証拠の評価において、あるアサーションを立証(反証)する証拠資料の検証、および立証(反証)されたアサーションに関連する財務諸表項目の立証(反証)に際して心証を形成するプロセスにおいて「推論」(reasoning)を必要とし、すべての財務諸項目の立証結果から財務諸表全体の適正性の立証(反証)する際に確信を形成するプロセスでは「合理的な論証」(reasonable argument)が不可欠であると解しています。これらの推論と合理的な論証は、ある事実をもとに未知のモノ・コトをおしはかることです。このように想像が監査に密接に関係しています。監査人の資質として「想像力」(imagination)、すなわち推論・論証する能力をを有することが不可欠と考えます。

 監査人は企業に係るすべてのモノ・コトを知り得ていません。また、例えば、重要な虚偽表示のリスクの識別・評価に際して個々の取引ベースまでリスクの態様(what can go wrong)を具現化していくこと、あるいは監査上の重要性の決定や監査手続の立案は、監査人が理解した企業とその環境(内部統制を含む。)に関する知見と情報に基づいた監査人の推定や予測であり予断(予めの判断または前もっての判断)です。

 これらの推定、予測や予断は、監査計画の立案に影響するとともにほぼすべての監査局面に関係しています。その行使は、恣意的なものであってはならず、職業専門家としての専門的知識、知り得た知見・知識・情報に基づいた監査人の判断(決定)でなければなりません。このように、監査の実施に際して、監査人は未知のモノ・コトを想像することが不可欠です。

 したがって、監査人が適格な監査を実施するためには、形式的また機械的な監査の実施ではなく、想像力を発揮した監査の実施でなければなりません。

監査人に必要な創造力

 創造(creation)は新しいモノ・コトを初めてつくりだすことです。創造というとすぐに芸術や音楽を思い浮かび、絵画制作や作曲などがイメージできるものの、監査は新しいものをつくりだしていないと考える人も多いと思われます。たしかに監査は、これまでになかった全く新しいものをつくりだしているわけではありません。しかし、毎年、新しい監査報告書を作成していることが創造に該当すると考えます。

 自ら十分考えたり、しっかりと判断しなかったりして、監査基準書(監査基準や監基報)や監査事務所の監査マニュアルに形式的にしたがって、PC上に規定されている監査調書などの記載項目やチェックリストを埋めることだけに一所懸命になっていたり、前期調書をなぞるだけの監査しかできないように監査人は『ロボット監査人』と批判されています。ロボット監査人は、現在、どんどん増殖中であり、監査をルーチンワークだと思っているようです。

 ロボット監査人は監査を創造できません。というよりも、きちんとした監査を実施できないと考えます。なぜなら、監査基準書や監査マニュアルに準拠さえしていれば監査が実施できるものではないからです。しかし、監査を創造することは、監査基準書や監査マニュアルを無視した自分勝手な監査を実施することではありません。監査を創造することは、端的には、監査基準書や監査マニュアルのフレームワークの中で、実効性のある監査を計画し、有効な監査手続を立案して、実行していくことです。

 監査基準書や監査マニュアルは監査実施における禁止事項を規定しているものではなく、監査実施の土俵を用意しているだけです。その土俵の上でどんな相撲とるかは監査人が決定することです。監査基準書は監査人がクリアしなければならない最低限のハードルを設定しているだけですから、監査人はそのハードルを易々とクリアできるように監査を計画し実施しなければなりません。監査マニュアルは、監査事務所所属のメンバーの監査の実施や判断の方向性などの基本的な考え方を統一できるように監査事務所の先人の知恵を集約し、原則論を展開しているだけです。

 監査基準書や監査マニュアルは、必要な監査人が判断すべき事項や決定すべき事項について指針や検討ポイントを明らかにしたり、実施すべき監査業務の道筋を示したりしていますが、解答を用意しているわけではありません。そのため監査人は、監査を創造して適切な監査を実施することが必要となります。また、監査基準書や監査マニュアルに記述できない暗黙知が存在します。監査を創造するためには、この暗黙知を活用することも必要です。

 監査を創造していくプロセスは、監査戦略を決定して、具体的で詳細な監査計画を立案するプロセスです。監査人が識別・評価した重要な虚偽表示のリスクに適切に対応するには企業とその環境(内部統制を含む。)を十分理解し、監査手続の長所・短所について理解していれば、コントロール・テスト(tests of controls)や実証手続の立案は比較的容易に可能となります。

 監査を創造するプロセスでは、計画したコントロール・テストを実施して、識別したリスクを防止、発見・是正するコントロール(controls)が実際に有効に整備・運用されているかどうか、また実証手続を実施して虚偽表示が発生しているかどうかを確かめ、発生している虚偽表示の金額を確定させることが必要となります。そのためには、入手した監査証拠を慎重に評価することが不可欠です。監査を創造するプロセスにおける最終段階が、アサーションまたは勘定科目ごとに入手した監査証拠を評価した後に、発見した虚偽表示を集計し、未発見の虚偽表示(undetected misstatements)の影響を勘案して、それらの重要性に基づいて表明する監査意見を決定するプロセスです。

 監査を創造するには、前述のように、監査基準書や監査マニュアルの理解、企業とその環境(内部統制を含む。)の理解、監査手続の長所と短所の理解が不可欠であり、ブレインストーミングによる監査チーム内の協議、チームメンバー同士の議論、同僚パートナーとの情報交換などが丁々発止と行われ、静かなお通夜のような監査現場ではなく、もっともっとワイワイガヤガヤとした監査現場が必要です。さらに、想像力(imagination)も必要と考えます。

 ところで、監査を創造できる監査人になるには、テンプレート(思考のフレームワーク)を作るための学習が必要です。ある現象を見たときに合致するテンプレートを持ち合わせていない場合は、すぐに分ったとは思わずに、目の前の現象は何だろうかと考えることが学習です。

 学習によって新しいテンプレートをつくる作業は、目の前の現象を要素ごとに分析し、さらに要素がどんな構造をしているか仮設を立てて構築した現象のモデル(要素と構造)と目の前の現象がマッチしたら、そのモデルは正しかったと判断できます。このテンプレートをつくるあるいは現象のモデルを構築することが「創造力」(creativity)です。

 この正しいと判断されたモデルが新しいテンプレートになり、現象について理解したということです。マッチしなければそのモデルは間違いであり、もう一度分析してモデルを再度つくることが必要です。監査を創造できる監査人とそうでない監査人の差は、この新しいテンプレートを作成できるかどうかに現れます。また、有するテンプレートの数が実務経験から得た専門的知識の程度や大きさを表わしているといえます。

創造にいたる三つのステージは次の三つの段階であると考えます。

 第一段階(模倣の段階)

 模倣を徹底的に繰り返すことで、対象についてなんとなく分かるようになる段階

 第二段階(不十分であるが自分なりの創造ができる段階)

 監査基準書や監査マニュアルをきちんと理解することで、それなりのモノ・コトをつくりだすことができるようになった状態

 第三段階(創造ができる段階)

 監査の機能を強く意識する視点を持つ段階

 この三つのステージを監査人の職責・職務に当てはめてみると、一応次のようになると思われる。

 スタッフ・レベル

 「模倣」(前期調書を参考にした監査手続の実施)による修行の段階

 割当てられた監査作業に関連するマニュアル等について理解している段階

 シニアスタッフ・レベル

 マニュアルを十分に理解し、監査業務の全体像(監査の構造)を理解しており、マネジャーやパートナーの指導 のもとで、自分なりの監査手続を立案できる(監査手続について議論できる)段階

 マネジャー・レベル

 小規模関与先の監査を創造でき、パートナーの指導のもとで大規模関与先の監査を創造できる段階

 パートナー・レベル

 大規模関与先の監査を創造できる段階

 監査を創造できる人は、マネジャーやパートナーだけではありません。スタッフ・レベルの人であっても、自己の担当監査領域に関する関与先の状況について十分な理解を有し、監査基準書や監査マニュアルを十分理解して応用できる人は、監査を創造できる人、創造力(creativity)のある人です。

 次回から、監査人の形成する心証と確信について考えます。